被災地への祈り     2011

20日にカウンセリングを交えながらの参加型セミナーが終了。
伝えたい事が沢山あって、出かける寸前までに迷った。省きたくない事があったから。
内容には十分な自信がある。もし、静かに心に届けることが出来れば必ず、いろいろな場で役に立ってくれるツールを、持ち帰ってもらえると。
でも、どうしても私は結果を、目に見える成果を早急に望んでしまう、押さえられない感情に飲み込まれる、エゴイスティックな自分も知っている。
半分の期待、半分の虚しさ、ほんの少しの成果。 先を急ぎ、返ってこない応え。 力の無さに、立ち止まってしまう。 でも、今回はそんな迷いや戸惑い、身勝手な見返りへの期待はずっと遠くにあった。

想像を絶する災害の前に、被災地の惨状に、まるで永遠に続くような瓦礫の海岸沿いに、もう取り戻せない全ての命に、明るい電灯の灯る下にいる事の罪の意識に、正直虚しさの前で押しつぶされそうだった。こんな事、受け入れられないと。悲しむ事さえ偽善だと。 
弱い、役立たずの私を救ってくれたのは、子供達。 そして、痴呆が始まっている母だった。 若い生命と、死に近ずいて行く年老いた知恵が、元気に何の屈託も無く笑わせてくれ、喜んで残り物のカステラを頬張り、膝の上に座り、歌を歌い、酷いジョークを言った。 

セミナーの最後に、伝えたい言葉があった。 偶然のあるいは必然の出会いは、たとえ傷つくことがあっても必ず感謝に変わる日が来ると、全ての経験は、いつかはあなたを、救ってくれると。 だから、踏み出す一歩の勇気を惜しまないで、恐れないでほしい。 今日、私も踏み出せずにいる一歩に、勇気を持ちたい。 皆さんと一緒に、歩きだしたいと。講師としては失格だ。不覚にも泣いてしまったから。 
駄目な自分が嫌いで、その自分がやはり愛おしい。 
被災地には行けないけれど、・・・役にも立てないだろう。
決断の遅い政府の対応も、進まない救済も、心ないマスコミも、イラつく。
そして何よりも、自分に、イラつく。
今日の私に出来る事を、精一杯やれなかった事、もっとできる事があったはずだ。 
今は、静かな気持ちになって、思いと共に祈ろうと思います。 明日の為に。 繋いだ命の為に。 眠れない夜を過ごす人たちの為に。 共にいます。 

 

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